もう9月になってしまった。
ブログを書きたいなあと思いながら書いては、内容をみて「いや、これはアカン」と思い下書きにブチ込んでいた。
神伝の法は神秘の修行法である。
頭で考えるものでもなく、脳で理解しようとしても無理である。
つまり、本当は書けることが何もないのである。
私がバカだからというのもそうだし、何か起こっていると思うけど何もわからないのである。
鎮魂法奥伝の印象が変わっている。
表面意識はもう何も分からない。なぜ泣いているのかも分からない。
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イエス師、ラ・ムー師のまなざしについて考える。 未開の地に一人降り立った時も、きっと神と人にいつも向いていたに違いない。 そしていつも真剣だったに違いない。
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この世が低い幽気によって穢されるのであれば、霊気を降ろしたい。 霊気なら穢されない。霊気でいっぱいにしてみたらどうなるだろうか? 霊体の霊魂が降りやすくなるかもしれない。だけど、人が足りてない。 霊気を引き付けるには成長した霊体が要る。 人に宗教の話はしづらい。ましてや職場の...
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神のことは分からない。それは仕方ない。だけど指導霊団のことはどうだろう? 考えてみれば何も知らない。何名いらっしゃるのか、どのような方達なのか、いつも何をして過ごされているのか。一切知らない。 確実なことと言えば、昔受けた指導霊調査、守護霊調査で書かれていたことのみだ。 だけど、...