2026年2月9日月曜日

力を 引き出せるか否か

 地上の時間はあっという間に過ぎてしまう。
小さい頃は遅く感じていた時間の流れも大人になると、一ヶ月はあっという間、1年すら早く感じる。
まだ働いているとはいえ、人生も折り返し地点に差し掛かっている。

以前、アドバイスいただいたことを着実に実現しなければと感じている。
しかし、肉の頭でいくら思考してもどうにもなることではない。
生涯頑張ってみて、できるかどうかだと思う。

しかしまだ、分からないことが多すぎる。

一番下でいいと思う。
しかしその下っ端の仕事すら、まともに出来ていない。

2026年1月28日水曜日

迷いがある時

迷いがある時は、素直に指導の霊魂団や守護霊にそれを伝えるようにしている。
直接話ができるわけではないが、聞いてはくれていると思っている。

もっとも、霊的身体は会話していると思われる。
ただ、このブログを見ている人はほとんどいないとしても、公然としたものであるから、書ける範囲から逸脱している事柄は書けない。

一介の会員の話として見ていだければ充分であります。

2026年1月25日日曜日

睡眠

 人間は寝ないと死ぬ。
脳を休ませないと仕事にも差し支える。
仕方なく寝転ぶけれど、

夢では、普段生きている時には覚えがない感情が出てきたりする。

どこから生まれているのか、よく分からない。

2026年1月11日日曜日

無題

 一生懸命にnoteに記事を載せているけれど、人の心に響くかどうかは難しい。
なにしろ、言っている人間が全然立派じゃない。
見所もなく、能力も低い。その上頭が悪い。気遣いもできない。
それでも、塞ぎ込んでばかりもいられない。
神伝の法がもしこの世から無くなる時、それは誰も行じなくなった時だからだ。
それだけは起こって欲しくない。2000年も前から準備されていた大切な救いの法がやっと、地上に現れたのだから、なんとしても、後世に残し、苦しむ誰かの目に止まるように、求めた人が得られるように、しなければ居られない。
つなげて行かなければ、申し訳が立たない。
自分を殺す。殺してでもつなげなければ耐えられない。
それは、無価値とも思える最悪な己と向き合う苦しみになる。
それでも、諦めたら駄目だと思う。
神が見ていなくても、行くしかないのだから。

2026年1月3日土曜日

終わる正月

決して立場を代わることも、後を継ぐこともできない契約の前に、私の悩みなど、食べ過ぎた腹痛ぐらいのものでしかないように思う。

かんたんに立ち入れるようなものではないし、そもそも神体もない。
そうなら、せめて霊体を成長させるしかないように思う。

凡人だということだけがよく分かる。

2025年12月28日日曜日

道の途上にて

 人生において、その後もう二度と会うことがないのに親切にしてくれた人達がいる。

彼等の死後はどうなるのだろうか?
幽体の状態に応じた世界にしか入らないと思われる。

自分だけ霊的に進歩していてももう何も面白くも楽しくもない。
なぜこんな気持ちになるのか?
人などどうでも良かったら、そもそもキリストも降りては来なかっただろう。
魂とは、生きている間にその本質を表そうとすると、人間社会では適応しにくい心理状態を生むのかもしれない。今まで何度も過去世があった、その時代ごと自分は霊的に進歩するような人生を送っていなかったように思う。
さて、どれだけ念を出し、誰かを傷つけてきたか。
この世を穢してきた人間の一人が自分であろう。
人を責められるか? 

声が大きくなってくる。
肉体の表面意識は針のムシロとなる。

2025年12月26日金曜日

一年が終わろうとしています

 今年は、結構色々ありました。
落ち込むことも、辛いこともたくさんあったけれど、充実した日々もありました。
霊魂団と共に毎日を過ごせたことが良かったです。
今年は自分の不出来さを痛感する年でした。